大津地方裁判所 平成5年(ワ)620号 判決 1996年10月14日
原告
甲野春子
原告訴訟代理人弁護士
氏家都子
同
高瀬久美子
同
養父知美
被告
日本労働組合総連合会滋賀県連合会
右代表者会長
東郷栄司
被告
乙川秋男
同
丙山冬一
被告ら訴訟代理人弁護士
植山昇
同
肱岡勇夫
主文
一 被告丙山冬一は、原告に対し、三〇万円及びこれに対する平成五年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告日本労働組合総連合会滋賀県連合会は、原告に対し、二〇万円及びこれに対する平成五年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告丙山冬一及び日本労働組合総連合会滋賀県連合会に対するその余の請求、被告乙川秋男に対する請求全部を、いずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告と被告丙山冬一、原告と被告日本労働組合総連合会滋賀県連合会との間に生じたものは、それぞれ一〇分し、その一を各被告の負担とし、その余は原告の負担とし、原告と被告乙川秋男との間に生じたものは全部原告の負担とする。
五 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告らは各自、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告日本労働組合総連合会滋賀県連合会(以下「被告連合滋賀」という。)は、原告に対し、日本労働組合総連合会機関紙「連合滋賀」に別紙謝罪文記載の謝罪広告を掲載せよ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 仮執行宣言
第二 事案の概要
一 本件は、被告連合滋賀の事務職員であった原告が、同被告の雇用における女性差別や被告乙川及び同丙山が職場において日常的に女性を差別する言動を繰り返していたこと、同丙山が原告に暴力行為を働いたにもかかわらず、その後、被告連合滋賀を含めて誠実な対応がなかったこと、退職を強要されたこと、被告らを相手方とした調停申立てをしたところ、被告連合滋賀の機関紙において原告を誹謗中傷したことについて、原告の働く権利等人格権や名誉を侵害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償と右機関紙への謝罪文の掲載を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 被告連合滋賀は、昭和六二年一一月民間労働組合ナショナルセンターの統一による「連合」の発足を受けて、平成元年二月二八日、その地方組織として結成された連合(民間)滋賀連合会(以下「民間連合滋賀」という。)を経て、翌年の官民統一により結成された連合の滋賀県地方組織である。
2 被告連合滋賀の役員は、会長、副会長、事務局長、副事務局長、執行委員、会計監査によって構成され、会長が同被告を代表し、事務局長が業務財政を統括して事務局を掌理し、副事務局長は事務局長を補佐して業務部門を分担統括していた。
原告が被告連合滋賀に在職していた当時、会長は東郷栄司で、事務局長は被告乙川、副事務局長が被告丙山と森武弘であり、事務職員として原告と岡田京子を加えた五名が事務局を構成していた。
3 原告は、昭和四六年三月短大卒業後、同四七年八月から全日本労働総同盟滋賀地方同盟(以下「滋賀同盟」という。)に事務職員として採用され、書記として勤務していた。
原告は、民間連合滋賀の発足に当たり、平成元年三月末日をもって滋賀同盟を退職し、同年四月一日から民間連合滋賀の事務職員として採用され、翌年の官民統一による被告連合滋賀の結成以後はその職員として勤務していたが、平成四年四月一日に退職の意思を表明し、同年六月二五日をもって退職した。
4 原告は、平成五年一月二〇日、原告の退職は被告らの差別的行為によるものであることを理由に、被告らを相手取り、大津簡易裁判所に対して損害賠償を求める調停を申し立てた。
これに対して、被告連合滋賀は、その機関紙である「連合滋賀」第三一号(平成五年三月二二日付)紙上において、「元職員による連合滋賀に対する民事調停申し立て」についての特別報告に対する質疑討論の報告として、「元職員の申立ては事実を歪曲、誇張した一方的な主張によるもの」「元職員についてはよく知っており、人間性からいえば元職員の個人的な感情や性格の問題である。」「暴力行為といわれるのは九一年七月に酒の上での感情のもつれから元職員が先に手を出したことから起こったケンカが原因である。」との記事(以下「本件報告記事」という。)を掲載し、また、同紙上で「マスコミによる『暴力・セクハラ』報道の真相 興味本位に元職員の一方的主張を取り上げる」と題した囲み記事において、「元職員は、退職以降、さまざまな手段や方法を用いて連合滋賀や事務局を非難し、攻撃し、オドシとも言える行為を繰り返してきており」等の記事(以下「本件囲み記事」という。)を掲載し、これを加盟各組合及び組合員や関係諸団体に配布した。
三 争点及び当事者の主張
1 被告連合滋賀には雇用における女性差別があったか。
【原告】
(1) 被告連合滋賀は、労働者を雇用するに際し、労働者に選択の機会を与えることなく、男性は全て役員、女性は全て職員として採用した。
なお、執行委員についても、組合員における女性の比率に比べて女性の執行委員の比率は圧倒的に低くなっており、被告連合滋賀の女性差別的な体質の現れといえる。
(2) 原告は、滋賀同盟に勤務していた当時は、月額一九万八五〇〇円の給与を得ていたが、被告連合滋賀に雇用されるに当たって、「新規採用」という扱いにして、給与を月額八五〇〇円減額し、一八万七五〇〇円にするという労働条件の切下げを行った。
【被告ら】
(1) 被告連合滋賀は、結成にあたり、加盟組織に在籍する者の中から専従役員を選出し、東郷、被告乙川、森、丙山を専従役員とすることを大会で決定し、職員については、滋賀地評で一八年間の職員経験を持つ岡田を新規雇用するとともに、原告を民間連合から引き続き雇用したのであり、「男性を役員、女性を職員」と差別したのではない。
原告については、解散することとなった滋賀同盟から、余剰人員となった原告を採用してもらいたいとの強い要請があり、民間連合滋賀が原告の経験と能力に期待して、失業させないように新規雇用することとし、原告もこれに応じて就職したのであるから、原告に選択の機会を与えることなく、一方的に職業の選択を拘束した事実はない。
連合は、産業別労働組合の結集体であるところ、構成組織である産業別組合における女性の委員長は一組織のみであるから、結果的に男性役員によって執行委員会が構成されることになるのであるから、被告連合滋賀の女性差別的体質との批判は当たらない。
(2) 被告連合滋賀は、財政基盤が脆弱な中で、事務局職員の待遇については精一杯の努力をしており、副事務局長の待遇を切りつめるとともに、役員派遣組織の人件費負担によって成り立っており、原告についても滋賀同盟退職時の給与月額一九万七五〇〇円から不当な切下げとならないように、月額一九万円の給与と年間5.5か月の一時金を支給していた。なお、被告丙山や岡田についても、前勤務先である滋賀同盟や滋賀地評における給与に比べて切り下げられており、原告のみを不当に処遇したことはない。
2 被告乙川が女性職員に対する差別的行為を行ったか。
【原告】
被告乙川は、事務局長として被告連合滋賀における業務全般を統括する立場にあり、職員の人事を掌握する立場にあることから、これを利用して、原告を含む女性職員に対し、日常的に煙草の買い出し、お茶汲み、机の整理等の私用にわたる些事を命じ、「嫌なら帰ってもらおうか。」「嫌ならやめてもらおうか。」などと威圧して強要した。
【被告ら】
被告乙川は、事務局長の職権を私的事項で濫用したことはなく、原告の主張する行為は、一つの仕事をするについても誠意をもってやってほしいと願ったもので、「気配り」を要求したのでも、いわんや強要したものでもない。
3 被告丙山が女性職員に対して差別的発言をしたか。
【原告】
被告丙山は、原告ら女性職員に対し、「どこに女がおるんや。」「こんなん女といえへん。」「古い女は出ていってもらおか。」等の侮辱的発言を日常的に繰り返し、「若い女性に入ってきてほしい。」「まだいるの。俺たちも不幸やな。」等と邪魔者扱いする発言をしていた。
【被告ら】
被告丙山が、夏期休暇の奨励ポスターをみながら、「古い女は出ていってもらおうか。」との発言をしたことはあるが、セクハラにつながる発言を繰り返し行ったことはない。
4 被告丙山の原告に対する暴力行為の態様や原因
【原告】
平成三年七月一八日、職場の懇親会の後、原告と丙山が歩いているとき、丙山が「女は単純」と言ったのに対し、原告が「そんなことないわ。」と言って丙山の肩をポンと軽くさわったところ、丙山は、いきなり原告の臀部や太股のあたりを背後から足蹴にし、原告がさわっただけであると抗議したのに対し、「お前が先に殴った。」と言って平手で原告の両顔面を殴打し、さらに後ろから原告の臀部、太股、膝のあたりを三、四回土足で蹴った。
右暴力行為により、原告は、一週間の加療を要する「両下腿打撲」の傷害を負い、事故当日は下半身の痛みで眠れず、大きなあざが一か月以上も残った。
【被告ら】
被告丙山は、右当日、スナックを出てから東郷会長、森副事務局長及び岡田と歩いていたところ、後ろから原告にハンドバッグで殴打されたため、右足の甲で原告の臀部を軽く一回蹴った。すると、原告が大声でくってかかってきたため、被告丙山は、原告の口を手で押さえたが、原告がなおもハンドバッグを振り回すため、やめさせるためにもう一度原告の臀部を足蹴にした。
5 被告連合滋賀の日常業務において、女性職員に対する差別的取扱いがあったか。
【原告】
被告連合滋賀では、日常業務の遂行において、全て男性役員で決定し、女性職員にはこれを黙って従うことを強い、提案や苦情等を聞き入れることはなかった。
就業規則の作成に当たって女性職員の意見を聞くことはなく、女性職員に対してのみ、争点2の原告の主張記載のとおり、お茶汲みや机の整理、煙草の買い出し等の私用や、職場の清掃等の雑用を強要した。
原告が連合滋賀に在籍していたときの主な職務は、議員団会議関係、文書の受付、整理、会長等の日程調整、情報発送等であり、その他事務局長、副事務局長の補佐業務であった。原告は、その職務の性質上、膨大な仕事をこなすために残業せざるを得ず、特に選挙期間中は休日出勤を余儀なくされていたにもかかわらず、休日手当や残業手当は支給されず、代休を取るよう勧めるなどの配慮もなされなかった。
被告連合滋賀は、使用者として職員の健康面に配慮する義務があり、被用者に健康診断を受けさせなければならないが、平成元年から同三年の間に一度しか受診の機会を与えなかった。
以上のように、被告連合滋賀の事務局では、労働基準法、男女雇用機会均等法、労働安全衛生法等の労働者の権利を擁護する法規違反が常態化していたが、被告らには女性差別問題に対する基本的理解が欠如していたため、女性、ひいては労働者の権利を侵害しているという意識すら持っていなかった。
【被告ら】
就業規則については、被告乙川が原案を作成し、機関会議で内容について承認され、地方委員会に執行部案として提案された。被告乙川は、執行委員会後、専従役職員に対し、就業規則を制定することの報告とその意見を求めたが、何の意見も出なかったため、平成三年七月二三日の第三回地方委員会で執行委員会決定の原案どおり決定され、同日付で発効したのであるから、職員の意見を聞かなかったとの主張は事実に反する。
被告乙川が、事務局長の職権を私用に濫用したことはない。原告が主張する煙草の買い出しは、来客用の煙草をまとめ買いして備え付けていたのであり、お茶汲みや机の整理等については、強要したのではない。
原告は、滋賀同盟においても「休日出勤もあり、時間外手当てなし」との条件で雇用されていたが、被告連合滋賀においても、同様に、春闘や選挙の時期には休日の出勤もあった。しかし、平成三年以降原告が担当した主な業務は議員団会議関係のみであり、その他の補助業務等は、職員二人の業務の持ち具合を考慮し、一方に偏った仕事を与えないように努め、一方的に仕事が集中するときにも共同で処理していたのであるから、夜遅くまでの残業や家に持ち帰って仕事をする必要はなかった。
6 被告連合滋賀が原告に対して退職を強要したか。
【原告】
連合滋賀の九〇・九一年専門部局表には、原告を含めた職員全員の担当が記載されていたが、平成四年三月一〇日ころ、被告乙川及び同丙山は、共同して、ことさらに原告の氏名のみを欠落した九二・九三年専門部局表を作成し、原告がこれに抗議したにもかかわらず、取り合おうとしなかった。原告は、さらに東郷会長に対して、抗議をしたところ、会長は原告の氏名を入れたものに訂正すると約束したが、同二七日の執行委員会において、右訂正がなされないまま確定した。
原告は、当時事務局に在籍し、会計を岡田が、議員団会議関係を原告が分担する以外は、ほぼ岡田と同様の仕事を行い、専門部局表の素案には原告の氏名が記載されていたにもかかわらず、あえてこれを外すことは、原告に対する嫌がらせにほかならず、退職を強く示唆する行為である。
【被告ら】
専門部局表は、九二年から九三年度の執行体制について、機関会議に提案するために被告乙川が私案として起案し、原告にワープロで清書するように指示した。起案に当たって同被告は、専門部局表が執行体制(会長以外の全役員の任務分担)を明示することを主な目的としており、各部局から担当職員名を除外すべきと考えたが、例外的に財政担当業務については担当職員を明らかにする必要があり、岡田の氏名を明記した。しかし、原告は、勝手に総務・財政局に自分の氏名を加筆したため、被告乙川がその理由を問いただしたが、原告は感情的に発言し、その後東郷会長に自分の氏名が載っていないことを訴えにいった。
被告乙川は、専門部局表をできるだけ簡略化しようとしたが、岡田の氏名のみを記載したため、原告の不満がつのり、結果的に原告と同被告との感情的対立を深めることになったものの、原告の退職を強要したことはなかった。
7 争いのない事実4記載の機関紙の記事が原告に対する名誉毀損に当たるか。
【原告】
本件各記事に書かれた「元職員」が原告を指すことは明白であり、本件各記事は、「原告は性格に問題があり、先に手を出してケンカをするような暴力的な人間で、事実を歪曲、誇張し、連合滋賀には落ち度がないにもかかわらず、マスコミ等を使って攻撃し、脅している卑劣な人間である。」と事実を摘示して、被告連合滋賀の正当性を強調する目的で、原告の名誉や信用を失墜させることを意図したものであるから、本件各記事を掲載した機関紙を配布することで、原告が被告連合滋賀の関係者や労働運動関係者との間に築いてきた名誉や信用を毀損するものであることは疑いを入れない。
本件各記事は、①「暴力・セクハラ」は存在せず、「暴力・セクハラ」といえないような「取るに足りない出来事」を原告が歪曲・誇張しているとしている点、②被告丙山の原告に対する暴力について、原告が原因をつくったもので、対等なケンカのごとく記載している点、③原告が連合滋賀内部での話合いによる解決をするために努力を尽くしていたにもかかわらず、原告の行動について「さまざまな方法を用いて非難、攻撃し、オドシとも言えるような言動を繰り返してきており」と記載している点について、真実に反するものであった。
【被告ら】
被告連合滋賀は、原告が被告らに対して損害賠償を求める調停を申し立てたことが大きくマスコミに取り上げられたため、その報道内容の真偽、原告の申し立てた調停への対応について、組織内に正式に報告するとともに、組合員に対しても明確な説明を行う必要があり、決議機関である第五回地方委員会の討議に付したのであり、本件各記事はその経過と討議内容等を掲載したものである。
その討議において、原告を非難する発言があったが、他の発言は事務局の対応・責任を問題にしているものであって、原告の名誉を毀損するものではなく、記事の内容にも誤りはない。
8 原告の被った損害の内容、及びその回復方法
【原告】
(1) 被告連合滋賀においては、①女性差別・女性蔑視的体質があり、②採用や賃金等において差別的取扱いや労働基準法違反の雇用管理を行った上、③被告丙山が女性差別的発言を繰り返し、原告への暴力も働いたこと、④被告乙川が雇用を脅かす言動を繰り返し、私用を強要したこと、⑤専門部局表から原告の氏名を削除する嫌がらせを行ったことによって、原告は精神的に追いつめられ、やむを得ず退職に追い込まれたのであり、憲法上保障された基本的人権である働く権利を奪われ、退職後の被告連合滋賀による名誉毀損行為ともあいまって、原告の「個人的尊厳」を著しく侵害された。
(2) また、被告丙山や被告乙川の言動は、原告を職場から追い出すために、日常的に女性差別的かつ侮辱的、敵対的な言動を長期にわたって執拗に繰り返し、不快で耐え難い職場環境を形成し、原告は退職に追い込まれたのであるから、いわゆる環境型セクシャルハラスメントにあたるというべきである。
(3) 原告は、被告連合滋賀を退職後、年齢制限もあり以前と同様の正社員の仕事に就くことは困難な状況にあり、そのため原告の被った精神的損害は多大なものがあり、これに対する慰謝料は五〇〇万円を下らない。
また、被告連合滋賀が機関紙「連合滋賀」紙上に本件各記事を掲載したことにより侵害された原告の名誉、信用を回復するには、別紙記載の謝罪文を同紙上に掲載することが不可欠である。
【被告ら】
原告は、事務局役員との間に生じた感情的対立に我慢できずに退職願を提出し、一切の話合いに応じることなく退職したのであるから、原告が主張するように、被告らの不法行為によって退職に追い込まれたという事実はない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(雇用における女性差別的取扱いの有無)について
1(一) 前記争いのない事実及び証拠(甲一五、乙五、八、一四の1、二〇、二四、原告本人第1、2回)によれば、以下の事実が認められる。
連合は、従来あった総評(日本労働組合総評議会)、同盟(全日本労働総同盟)、中立(中立労働組合連絡会議)、新産別(全国産業別労働組合連合)等の労働組合が吸収合併したものではなく、産業別労働組合の結集体として新たに組織されたが、滋賀県では、平成元年二月二五日に民間の産別組合の結集として民間連合滋賀が結成され、同四年二月二八日、官公労を含めた「官民統一連合」として被告連合滋賀が結成された。これに伴って、従来の民間労働組合である同盟や総評、新産別等の組織は事実上解散することになった。
被告連合滋賀において、役員は、会長、副会長、事務局長、副事務局長、執行委員、会計監査から構成され(規約三一条)、その選出は定期大会の付議事項とされており(同一六条四号、三二条)、事務局長の統括下に事務局が設置されている(同三七条)。
原告は、昭和四六年三月、大阪成蹊女子短期大学を卒業後、同年五月から滋賀県庁土木部計画課等で勤務し、同四七年八月から滋賀労働総同盟(滋賀同盟)に書記として就職し、書記長の業務全般の補佐を行っていた。当時の書記長は、被告丙山であり、同被告は、ゼンセン同盟本部に雇用され、同盟への出向という身分で勤務していた。
民間連合滋賀の結成に当たり、これまで同盟で勤務していた役職員のうち、被告丙山については、これまでと同様、ゼンセン同盟からの出向の形で専従副事務局長として派遣され、原告については民間連合滋賀が職員として採用することになり、原告に対しては、滋賀同盟から平成元年三月三一日を退職年月日として、二八一万円の退職金(記念品代二万八〇〇〇円を含む。)が支払われた。
平成二年三月一日から、滋賀地評で勤務していた森武弘と岡田京子が被告連合滋賀の事務局に加わり、岡田については、滋賀地評に一八年間職員として勤めていたが、原告と同様、同被告には職員として新規採用された。
(二) 右認定の事実によれば、連合が産別労働組合の結集体として新たに組織されるに当たって、滋賀県内の労働組合においても、それまでの滋賀地評や滋賀同盟等の組織は事実上解散し、被告連合滋賀が結成されたのであるが、原告や岡田については、それまで勤務していた組織が解散し、失職すべきところ、被告連合滋賀において、これまでの二〇年近くに及ぶ職員としての経歴に着目して、事務局職員として採用したのであり、女性であることを理由に、これまでの地位・経歴等を無視して、あえて決裁権のない、事務手続を主たる仕事とする職種として採用したような事情は認められない。
原告は、役員は全て男性であり、職員がいずれも女性であるから、差別がなされていると主張するが、役員の一つである二一名の執行委員の中には女性が一人含まれていたこと(乙九)や嘱託職員として男性が雇用されていた時期があるだけでなく(被告乙川本人)、役員については定期大会において選任されるものとされており、前記のとおり、原告らが職員として採用されたことには根拠があり、結果的に職員は女性が担当し、役員のほとんどが男性であることが女性に対する差別に当たるとの主張は、到底採用できない。
2 証拠(乙六、一七の1、2、原告本人第1、2回)によれば、原告は滋賀同盟で勤務していた平成元年一月から三月の間、給料として基本賃金一八万七五〇〇円と勤務地手当及び職責手当一万円の合計一九万七五〇〇円を支払われていたこと、同年四月以降、民間連合滋賀から原告に支払われた給料は基本賃金一八万七五〇〇円と勤務地手当二五〇〇円の一九万円であったこと、被告丙山は、滋賀同盟で勤務していた平成元年三月には、基本賃金二八万六五〇〇円と各種手当五万八三〇〇円の合計三四万四八〇〇円の給料を受け取り、民間連合滋賀に変わった同年四月からは定期昇給があり、基本賃金三〇万四四〇〇円と各種手当六万円を支払われるようになったこと、の各事実が認められる。
原告は、右事実から、被告丙山は、滋賀同盟から民間連合滋賀へと勤務先が変わるに当たり、給料の減額がなかっただけでなく、定期昇給もあったにもかかわらず、原告については給料が減額され、定期昇給もなかったのであり、差別を受けたと主張する。しかし、前記認定のとおり、勤務先が滋賀同盟から民間連合滋賀に変わるについては、原告は民間連合滋賀による新規採用であったのに対し、被告丙山はゼンセン同盟に所属したまま、出向先が変更したにすぎないのであるから、給料の取扱いに相違があるのはやむを得ないことであり、被告連合滋賀から原告と同額の給与を受け取っている岡田の滋賀地評における給料は月額二五万九〇〇〇円であったこと(証人岡田京子、弁論の全趣旨)や夏期及び冬期の一時金の支払も含めた原告の年間の賃金についてみると、滋賀同盟における昭和六三年度の実績と民間連合滋賀での平成元年度の実績との間では一万三二一〇円の減収にとどまること(乙七、一七の1)からすれば、原告の民間連合滋賀への就職によって支払われた給料について、滋賀同盟当時の給料と比較して減額されたと評価するのは相当でなく、採用に当たって民間連合滋賀が原告の給与を不当に低額に定めたと認めることもできない。
二 争点2(被告乙川による女性差別的行為)について
1 証拠(甲一五、乙一四の1、二〇、証人岡田京子、原告本人第1回)及び弁論の全趣旨によれば、職員である原告及び岡田は、朝出勤すると事務所の清掃をしたりお湯を沸かし、その後被告乙川ら役員にお茶を出し、昼食時にもお茶を入れていたこと、事務所の役員は全員喫煙者であり、付近に煙草屋がなく、来客に備えるためもあって幾種類かの煙草を買いだめし、その買い出しには当初岡田が行っていたが、しばらくして釣銭の勘定が合わないなどのことがあって岡田も買い出しに行くのをやめたこと、被告乙川が、出張から戻って翌日出勤し、自分の机の上に書類や郵便物等が散らかっているのを見て、原告ら職員に対し、机の上を整理しておくようたしなめるということがあり、その後の平成三年一一月二八日の事務局の懇親会や、同四年二月二八日に開かれた被告連合滋賀の定期大会終了後の連合本部の役員を交えた懇親会において、原告が、右机の整理や普段のお茶汲みについて執拗に抗議したのに対し、被告乙川は、「嫌やったらやめたらいい。」という趣旨の発言をしたこと、の各事実が認められ、これに反する被告乙川の供述は信用できない。
2(一) 被告乙川は、事務局長として、事務局を統括する権限を持っていることから(規約三七条)、原告は、同被告が右権限を利用して、前記認定の清掃や煙草の買い出し等を職員に強要したと主張する。
証拠(甲一五、証人岡田京子、原告本人第1回)及び弁論の全趣旨によれば、原告ら職員は、役員の業務を補佐し、具体的には郵便物の受取や発送、関係組合との連絡等の職務を行っていたことが認められるが、本件全証拠によっても、事務所の清掃やお茶汲み等前記認定の行為が原告らの職務に含まれていたと認めることはできず、むしろ、被告乙川が答弁書において、「お茶汲みを強要したものではない。」机の整理に関しては「不在時の扱いについて気配りを願ったもので、強要したことではない。」と主張していることからすれば、職務行為ではないと解するのが相当である。したがって、原告ら職員が、これらの行為を、被告乙川ら役員のために自主的に行っている場合には問題がないが、その意思に反して強要することは許されないというべきである。
右行為のうち、煙草の買い出しについては、前記認定のとおり、専らこれを行っていた岡田は、釣銭の勘定が合わなくなることを理由に、しばらくして行かなくなったのであるから、原告ら職員が強要されていたとは認められない。その他の清掃やお茶汲みについては、少なくとも、平成四年二月二八日に原告が執拗に抗議した時点で、原告が自主的に行っているのか否か、改めてその意思を確認する必要があったというべきであり、懇親会の席上とはいえ、「嫌ならやめればいい。」旨を述べるのみで事実上原告の意思を抑えつけ、その後原告の真意を確かめるために何らかの措置を取ったとは認められないことからすれば、右時点以後は、原告については、お茶汲みや清掃を自主的に行っていたとは認めがたい。
被告乙川は、陳述書(乙二〇)等において、机の整理については誠意をもってやってほしいと願ったものであることや原告は飲酒するとしつこく絡むことが多く、「嫌ならやめればいい。」との発言は、そのような原告を押さえるためにしたにすぎないと反論するが、職務行為以外の行為について、内心で配慮を希望することは自由であるが、その希望を直接原告らに対して述べる場合には、同被告の地位を考慮すれば、単なる希望を超えて、職務命令と区別することが困難であって、右記のとおり、原告が抗議してからもその真意を確かめることをしなかった以上、右反論は「言い訳」の域を出るものではなく、右認定を左右するものではない。
(二) 右認定によれば、被告乙川は、原告に対し、その職務に含まれないお茶汲みや清掃を行うよう事実上強要していたと評価できるが、「嫌なら帰ってもらおうか。」等と威圧したとの主張についても、平成四年二月二八日に原告が不満を述べたことに対してそのように述べたことが認められるにとどまり、その機会以外に威圧し続けていたような事情は認めることができない。
また、争いのない事実3のとおり、原告は、平成四年四月一日の時点で同年六月二五日に退職する意思を表明しているのであるから、右意思表示のとき以降は、仕事を失うことを恐れてお茶汲み等を強要されたと解することができないのは勿論、それ以前の専門部局表をめぐる後記六認定のトラブル以降、原告は被告連合滋賀で勤務を続ける意思を失いつつあったと推認できることからすれば、原告がお茶汲み等を行うことについて苦情を述べた同年二月二八日以降、お茶汲み等を続けることによって精神的苦痛を受けたと認めることはできない。
(三) 原告は、打合せ会議等において、役員については、出席していない役員も含めて、昼食の弁当が用意されたにもかかわらず、右会議に出席していた原告の弁当はなかっただけでなく、被告乙川が個人的に頼んでいた弁当が余るため、それを食べておいてほしいと頼まれたことがあると主張し、証拠(証人岡田京子、被告乙川本人)によっても右事実は認められるが、こうした事実から、被告乙川が部下である原告らに対する心遣いが欠ける面があったとはいえても、直ちに被告乙川が原告を差別していたとか、その人権を侵害したと評価することはできない。
三 争点3(被告丙山による女性差別的発言)について
1 証拠(甲一五、証人岡田京子、原告本人第1回)によれば、被告丙山は、平成二年八月三月ころ、夏期休暇の奨励ポスターに「新品のあなたで帰ってきてください。」というコピーがあるのを見て、「それを連合滋賀の入り口に貼って、新品の女の人に入ってきてもらおか。古い女の人は出ていってもらおか。」との発言をしたこと、同年一〇月ころ、事務局の懇親会の席上で、東郷会長が「二、三年後くらいには、女の人も書記局で一緒に海外に行こう。」との話を持ち出したのに対し、被告丙山は、「まだいるの。俺達不幸やな。」と発言したことの各事実が認められ、これに反する被告丙山の供述は信用できない。
2 原告は、陳述書(甲一五)等において、被告丙山は、右発言以外にも、原告ら職員に対し、「おばや。ちびや。こんなん女と言えへん。どこに女がいるんや。」等の侮辱的発言を繰り返していたと述べる。しかし、証人岡田京子は、岡田が被告連合滋賀に入ってから、原告と被告丙山とは仕事の用件以外に、話をすることはほとんどなく、同被告が事務局員以外の女性について「おばあ、あのおばはん」という言い方をしていたことはあったと証言しており、原告自身、本人尋問(第2回)において、滋賀同盟で一緒に仕事をしていたときには、女性を侮辱するような発言があったが、原告に向けられたものではなかったと述べていることからすれば、原告が主張するように、被告丙山が職場内で日常的に原告らを侮辱するような発言を繰り返していたとは認められず、「おばあ」等の発言があったとしても、直接原告らに向けられたものではなかったと認められる。ただ、そのような発言が日常的に使われることは、もちろん品位に欠けるだけではなく、原告ら女性職員に不快な思いをさせるものであったといわれても仕方がない。
四 争点4(被告丙山による暴力行為の原因・態様)について
1 証拠(甲二、一五、乙二三、二四、証人岡田京子、被告丙山本人、被告連合滋賀代表者東郷栄司)によれば、以下の事実が認められる。
平成三年七月一八日、東郷会長の発案で、同会長と被告乙川を除く事務局員との懇親会が行われ、業務終了後、まず浜大津の焼き肉屋「嵐山」へ行き、その後全員がスナック「てる」に行った。原告は、酒に弱い方ではなかったが、「嵐山」では生ビールを一杯と酎ハイを飲んで「てる」に移動する際にも東郷会長に手を引かれるなど、少し酔っている様子であり、被告丙山も「嵐山」で生ビールを三、四杯と「てる」で水割を三、四杯飲んで酔いが進んでいた。
「てる」では参加者全員あまり酒は飲まなかったが、午後八時ころ、店を出て、別のスナック「ゆう」に向かって三々五々歩き出した。原告は、被告丙山と二人で連れ立って、他の四人とは離れて話しながら歩いていたところ、同被告が「女は単純」との趣旨の話をしたのに対して、「そんなことないわ。」と言い返しながら腕を振り上げたところ、手に持っていたハンドバッグが同被告の頭部に当たった。
被告丙山は、突然の痛みに激高し、原告の臀部を右足で蹴り上げ、原告がこれに怒って反撃してきたため、それを押さえようともみ合いになり、もう一度臀部を蹴り上げて、原告と離れ、先を歩いていた森に追いついた。その後、原告も泣きながら追いついてきたが、岡田と森、被告丙山だけが「ゆう」に行き、東郷会長は、他のスナック「だいみん」で原告から事情を聞いてなだめ、しばらくしてタクシーを呼んで原告を帰宅させた。
原告は、被告丙山による右暴行によって、加療一週間を要する両下腿打撲の傷害を負った。
2 これに対し、原告は、被告丙山が「女は単純」と言ったのに対して、同被告の肩をポンと軽くさわったところ、突然足蹴にされ、平手で顔面を殴打されるなどしたと主張し、同被告が署名した誓約書(甲一)には、事実関係について、「同被告が女は単純と発言し、原告が首後頭部付近を軽くさわったところ、『何するや。』と言って、靴で臀部を蹴り、さらに顔を叩き、靴で三回足から臀部までを蹴った」旨記載されていたことが認められる。しかし、同被告が酔っていたとはいえ、女性である原告に対し、突然臀部を蹴り上げるという振る舞いに出た動機が肩に触れられたのみであるというのは不自然であり、同被告の供述は、暴力の前後関係については、記憶が曖昧であって具体性に欠けるものの、前記認定のとおり、原告も当時は少し酔っていたと認められることや、傷害の程度に照らしても、その後の暴力の態様が度を超えたものであったこと、右誓約書は、平成三年八月一日、原告が事実関係や自分の感情を記載して、同被告の机の引き出しに入れて、同被告に反省文の記載等を求めたものであり(乙二二、被告丙山本人)、同被告は、本人尋問において、暴力を振るったことを詫びる気持からそのまま署名したと述べていることを考慮すれば、頭を叩かれたことが動機になったという被告丙山の供述の方が信用性が高いといえる。
五 争点5(被告連合滋賀での日常業務における女性差別的取扱い)について
1 職員の意見を聞かなかったことについて
証拠(乙一〇の3、二〇、証人岡田京子、原告本人第1回、被告乙川本人)によれば、被告乙川は、事務局の就業規則を作成するに当たり、連合本部の事務局諸規則集を基に原案を作り、その清書については、事務局内部では地方委員会の開催等の準備で忙しくしていたため、同被告の出身組織である関西電力に依頼したこと、就業規則は、役員によって構成される執行委員会で検討した上、平成三年七月二三日開催の地方委員会(定期大会で選出される地方委員によって構成され、年二回開かれる大会に次ぐ機関)において正式に決定されたが、原告ら職員に対しては、右決定後に初めて示され、事前の意見聴取はなされなかったこと、被告乙川の提案で、事務局のメンバー全員が話し合う機会を作ろうとしたが、長続きせず、それ以降定期的に全員で話し合う機会はなくなったことの各事実が認められる。
原告は、さらに日常の業務遂行について全て役員が決定していたと主張し、陳述書(甲一五)においても労働条件に関わる意見等も無視されたと述べている。しかし、被告乙川は、陳述書(乙一四の1)において、活動方針の決定等は役員で行っていたものの、日常、職員の業務はほとんど職員の自由裁量に任せていたと相反する主張をし、原告自身、本人尋問(第2回)において、有給休暇等を取るについて拒否されたことはないと述べていることからすれば、原告が担当する業務について、原告の意思・希望を無視して業務命令が出されていたとまでは認められない。
2 時間外勤務の取扱いについて
(一) 証拠(甲一六、乙一三、被告乙川本人)によれば、事務局の就業規則の原案は、被告乙川が連合本部の事務局諸規定集を参考に作成したのであるが、連合本部の給与・慶弔贈与等に関する規定には時間外手当について、事務職員の時間外手当の支給率は三割増しとする旨定めていた(一〇条五項)のに対し、被告連合滋賀の事務局においては、時間外手当の規定を置かなかったこと、被告乙川は、時間外手当の規定を削除した理由として、定額による給付で対応することを考えていたことの各事実が認められる。
(二) 原告は、残業の実態についで、職務の性質上、膨大な仕事量をこなすために残業を余儀なくされたと主張し、証拠(乙一八の2、3)によれば、原告が、平成四年一一月に、連合本部中根総務局長宛に送付した文書には、参議院選挙を控えての日程調整等のため、残業時間が同年三月が三一時間、四月が五二時間、五月が八二時間であったと記載していたことが認められる。
しかし、原告が右期間中、残業をしていたことは認められるものの(乙二〇)、前記争いのない事実及び証拠(乙二〇、証人岡田京子、原告本人第1回、被告乙川本人)によれば、事務局において、原告は、議員団会議の関係を除いては岡田と仕事を分担していたこと、原告が退職したときには、被告乙川に対して議員団会議の議事録や会計帳簿、預金通帳等を引き継いだにすぎないこと、原告は、平成四年四月一日に退職を申し出たことが認められ、被告連合滋賀の代表者東郷会長が日程調整等のために、午後七時、八時まで連絡を取ることはないと述べていること(乙二四)からすれば、原告が残業を余儀なくされた理由が明らかでないといわざるを得ず、原告の勤務中、残業が常態であったと認めることはできない。
(三) 被告らは、原告が滋賀同盟に勤務していたときから「休日出勤もあり、時間外手当なし」との条件であり、同じ条件で被告連合滋賀に雇用されたと主張し、被告乙川は、前記認定のとおり、時間外手当については定額を支払うことで対処しようと考えていたことが認められる。しかし、時間外勤務について割増賃金を支払うべきことを定めた労働基準法三七条の規定が強行規定であることは条文上も明らかであり(同法一三条)、雇用に当たってこれに反する合意がなされたとしても、右合意は無効であるから、被告らの主張は主張自体失当というべきである。
3 代休取得の勧奨について
原告は、陳述書(甲一五)等において、平成三年に行われた統一地方選挙後、被告乙川が、副事務局長に対しては、慰労会の席上「選挙で大変やったから、明日、休みをとってもらいます。」と代休をとるよう勧奨する発言をしたにもかかわらず、原告ら職員に対しては、そのような勧めはなかったと述べる。
しかし、被告乙川の右発言がどのような脈絡でなされたものか本件全証拠によっても明らかでないことからすれば、右発言をもって副事務局長に対してだけ代休を取るように勧めたと即断することはできず、原告が有給休暇を取るについて何ら障害がなかったことは前記1認定のとおりであることからすれば、代休を取ることについて、職員と役員との間で差別があったと認めることはできない。
4 その他、原告の主張のうち、原告がお茶汲み等の雑用を行っていたことは前記二1認定のとおりであり、証拠(原告本人第1回、被告乙川本人)によれば、平成三年度は職員を対象とする健康診断が実施されなかったことが認められる。
六 争点6(被告連合滋賀による退職の強要)について
1 証拠(甲七、八、九、乙一〇の3)によれば、以下の事実が認められる。
被告連合滋賀の平成二年度における専門部局体制は、総務財政局(総務並びに財政管理、事務局統括)、組織調査局(組織対策、産別対策、中小未組織対策、女性活動、青年活動、賃金労働時間対策、調査活動全般)、教育宣伝局(教育活動、広報宣伝、機関紙、闘争情報)、政治政策局(護憲平和、反原爆、北方領土返還、自治体対策、県民運動、選挙闘争)、生活福祉局(労福協、事業団体育成、環境保全、県民福祉対策)の五つの部局に分かれて、各部局毎に局長、主査、委員等が決められ、専門部局表にはその氏名が記載され、各部局の担当主査は、担当局長と連絡を密にして、企画立案・運動推進を図ることと、主査である被告丙山と森の両副事務局長については相互応援を日常活動の原則とすることとの注意書があり、「職員職務分担」として、原告が組織調査、教育宣伝、政治政策及び生活福祉関係を、岡田が総務財政関係を担当することが付記されていた上、表の中にも各氏名が記載されていた。
被告連合滋賀の役員の任期は選出された定期大会から次の定期大会までの二年間とされており、役員の変更に伴って専門部局の担当も変更されるところ、平成四年度の専門部局体制は、組織調査局が組織局と調査局とに分けられ、六部局となった。専門部局表には局長や主査、委員等の担当役員の氏名のみが記載され、職員については、総務・財政局に岡田の氏名のみが記載された。
被告連合滋賀の機関紙である「連合滋賀」第四二号(平成六年三月二〇日付)に掲載された平成六年度の専門部局表には、職員の氏名として、総務財政局の欄に「岡田京子(財政・総務)、細井和栄(総務)」と二名のみが記載されていた。
2 平成四年度の専門部局表に原告が記載されなかった経緯について、被告乙川は、本人尋問において、平成二年度の専門部局表のうち、交代した担当役員の氏名を赤色のボールペンで訂正し、原告にワープロで打ち直すように指示したところ、総務財政局の欄に岡田に加えて原告の氏名を無断で書き加えたため、その理由を質して総務財政局から原告の氏名を削除するよう指示し、さらに事務局会議で検討の結果、最終的に原告の氏名を全て削除することを決め、原告に清書を命じたが、そのときに原告から異議は出なかったと供述する。
しかし、原告は、被告乙川から、一旦総務財政局の欄に原告の氏名を加えて専門部局表を作るよう指示され、後で原告の氏名を全て削除するように言われたと相反する供述をしており、証人岡田も、同様に同被告が原告の氏名を全部の部局に書くように指示しているのを聞き、その後職員の氏名が全て赤鉛筆で削除されているのを見たと証言し、被告連合滋賀代表者東郷は、専門部局表から原告の氏名が削除されたことを泣きながら会長室まで訴えにきたと述べていることからすれば、原告が無断で自分の氏名を書き加えたなどの乙川の右証言は信用できない。
3 他方、原告は、被告乙川らがことさらに専門部局表から原告の氏名を削除し、その後、原告が被告連合滋賀代表者に抗議をしたところ、訂正する旨約束されたにもかかわらず、削除されたまま確定したと主張する。
この点、被告乙川は、本人尋問において、平成二年、三年の事務局の体制において、職員である原告と岡田の分担については、専門部局に拘束されることなく、同じ仕事を分担してきたために、副事務局長らと相談する過程で、各部局に二人の氏名を連記すること等を検討し、最終的に職員の氏名を削除することにしたが、財政については岡田のみが担当してきたため、それを明確にする趣旨で記載したと述べ、被告連合滋賀代表者東郷は、専門部局表について原告が泣きながら苦情を言いにきたので、被告乙川に確かめておくと返答したものの、訂正すると約束したことはないと供述し、右供述に照らすと、原告の右主張は採用できない。
前記認定のとおり、専門部局表は、役員の変更に伴って二年毎に作成されるものであり、必ずしも職員の分担を明記すべき性質のものではなく、証人岡田は、職員の氏名が二人とも削除されている専門部局表があったと証言しており、本件全証拠によってもことさらに原告の氏名を削除したと認めることはできない。
4(一) 右認定によれば、原告が被告乙川や東郷会長に対して直接抗議したにもかかわらず、平成四年度の専門部局表については原告の氏名が記載されなかったのに対し、同二年度や同六年度の専門部局表には職員二名の氏名が記載されていたのであるが、専門部局表が役員の分担を明確にするために作成されるものであり、必ず職員について記載すべき性質の表とは認められないことからすれば、他に原告を退職させようと画策されていたような特段の事情が認められない限り、そのことをもって直ちに原告に対する嫌がらせであって退職を強要したと解するのは相当ではない。
(二) 原告は、陳述書(甲一五)において、被告丙山が、平成三年一月一八日の懇親会の席上、「おれもあきらめた。これからは仲良くやっていこう。」と発言していたことからも、原告を退職させる意思をもっていたと述べるが、同被告は右発言をしたことはないと述べており、右発言があったとしてもその発言の経緯が明らかでない以上、同被告が原告を退職させる意思をもっていたと即断することはできない。
(三) また、原告は退職を決意した理由として専門部局表をめぐるトラブルを挙げていたが(甲一二)、原告が平成四年四月一日に退職届けを提出しながら、同年六月二五日付けをもって退職したことや、証拠(甲一八の1、2、証人岡田京子)によれば、原告は負けず嫌いの性格であり、被告連合滋賀の活動において、事務職員として与えられる仕事をこなしていくだけでなく、その活動方針や支援する国政選挙や地方議会選挙の方針、同被告を取り巻く社会情勢等について、自分なりの分析・意見をもっていたことが認められることからすれば、このような原告自身の持つ関心事や能力と現実に担当する事務的職務とのギャップや将来の仕事の展望に対する判断から、仕事に対する不満を持っていたところへ、右専門部局表をめぐるトラブルがきっかけとなって退職を決意した上推認できるのであって、原告が退職を強要されたと認めることはできない。
七 争点7(本件各記事による名誉毀損の成否)について
1 証拠(甲一四、一八の1、2、一九の1、2、乙一九の1ないし3、二五ないし三一)によれば、以下の事実が認められる。
原告は、平成四年九月一八日付で、連合事務局長山田精吾宛に上申書を提出し、「原告が連合に雇用されてからの三年間の回顧と意見」「退職に至った経緯」を記した文書を添付し、それに対する連合事務局長の意見を求め、回答がない場合には「自分にかかる火の粉を辞さず、広く公に問い意見を求めていく決意」であると記載していた。
ゼンセン同盟滋賀県支部長吉川浩次が原告と被告連合滋賀との仲裁に当たったが、原告の要求内容を確認したのみで、同被告からの回答を提示できないまま、西田八郎が改めて仲裁に出てきたため、原告は、平成四年一二月三日付の内容証明郵便を山田に送り、第三者による話合いを拒否することを明らかにし、同日、連合本部総務局長中根に対して、同年一〇月二二日付朝日新聞の天声人語を改作して被告連合滋賀を批判する文書を送付した。
原告は、被告らに対して、平成五年一月二〇日、大津簡易裁判所に調停を申し立てた(当事者間に争いがない。)ところ、同年二月一三日、一四日に、朝日新聞や読売新聞等のマスコミが「連合滋賀で暴力・セクハラ」「幹部のセクハラで退職」といった大きな見出しをつけてこれを取り上げ、調停申立書や答弁書の内容、被告連合滋賀代表者のコメント等を掲載した。
本件報告記事は、平成五年二月二五日に開かれた第五回地方委員会の模様を紹介した記事の一部であり、東郷会長の挨拶の中で「元職員の申立ては事実を歪曲、誇張した一方的な主張によるものであり、連合滋賀としては賠償責任などは存在しない旨の申し立てを行い」と述べられ、それに続いて「元職員による連合滋賀に対する民事調停申立て」についての特別報告とこれに対する質疑討論がなされ、ゼンセン同盟所属の瀬戸委員が「マスコミ報道は、元職員よりの報道をし、連合滋賀を加害者としており、我慢ならない。元職員についてはよく知っており、人間性からいえば元職員の個人的感情や性格の問題である。」等と発言したが、他の委員らの発言は、「特別報告は事務局長の言い訳にしか聞こえないが、事務局を統括するという責任はどうなっているのか。」「世間の見方は甘くない。元職員の主張がたとえ一方的であるにしても、事務局に全く責任がないとは言えない。」「これだけの問題を抱えながら一年以上も機関にたいする報告がなかったのはなぜか。暴力問題について適切な処置、示談の成立などの対処をなぜしてこなかったのか。」等報告内容に対する批判や今後の対応に対する意見が多かった。被告乙川は、右意見に対する答弁の中で「暴力行為といわれるのは九一年七月に、酒の上での感情のもつれから元職員が先に手を出したことから起こったケンカが原因である。その後八月には元職員が謝罪文を書くよう副事務局長に要求しており、これに同意したことで落着したものと理解している。連合滋賀として、両者に対して厳重に注意するとともに、大人の立場で責任を持った解決をするよう指示してきた。」等と述べたことが記載されていた。
本件囲み記事は、同じ「連合滋賀」に掲載された「マスコミによる「暴力・セクハラ」報道の真相」等と題した無記名の囲み記事の一部であり、右囲み記事は、元職員が、民事調停を申し立てた趣旨が、時間外労働等への手当の不支給や事務局での不当な扱いによる損害賠償であり、暴力行為やセクハラの問題はその一部であるにもかかわらず、マスコミがこれを大きく取り上げていること、原告が調停申立てをしている一方で、その主張をマスコミにリークしたこと、被告連合滋賀が元職員に対して「債務不存在の申立」を行う方針であることとその理由が掲載されていた。
2 右認定の事実及び争いのない事実4によれば、本件各記事の中では、原告の氏名を隠して「元職員」と記載されていたのみであったが、争いのない事実2記載のとおり、被告連合滋賀の事務局職員は原告と岡田の二名のみであり、過去の専門部局表にも原告の氏名は記載されていたのであるから、「元職員」が原告を指すものであることは容易に知ることができたと言える。
しかし、本件報告記事については、地方委員会の模様を紹介する記事であって、被告らの主張を述べることを主たる目的とするものではなかったこと、右委員会の議論の中心は、被告連合滋賀として今後原告にどのような対処をすべきかにあり、事実関係についてはあまり議論の対象となっていなかったことからすれば、原告が主張するように、被告連合滋賀の正当性を強調する目的で、原告の名誉・信用を失墜させることを意図した記事とは認められず、また、東郷会長の「元職員の申し立ては、事実を歪曲、誇張した一方的な主張によるもの」との発言や地方委員の「人間性からいえば元職員の個人的感情や性格の問題である」との発言については、原告に対する人格的非難を含むものではあるが、その内容は具体性を欠くものであって、前記認定のような他の記載内容と併せて読めば、右発言のみをもって、具体的事実を摘示して原告の名誉・信用を失墜させるものと認めることはできない。
他方、本件囲み記事は、原告が被告らを相手に申し立てた調停について、マスコミに取り上げられたことに対して、被告連合滋賀の立場を明らかにすることを目的とするものであり、被告の主張を記載するにとどまらず、原告がマスコミを利用している外、「さまざまな手段や方法を用いて連合滋賀や事務局を非難、攻撃し、オドシとも言える行為を繰り返してきており」と交渉過程で原告があたかも卑劣な方法を用いているかのような印象を与えるものであり、前記認定の原告が連合本部に送付した文書の内容等を考慮しても、原告の名誉を公然と毀損するものというべきである。
八 損害賠償請求の成否について
1 被告乙川に対する損害賠償について
前記二認定のとおり、被告乙川は、平成四年二月二八日以降、原告らに対して職務に含まれないお茶汲み等を事実上強要していたのであるが、そのことによって原告が精神的苦痛を受けたと認めることはできず、原告が主張するその余の女性差別的行為については不法行為を構成すると認めることができず、前記六認定のとおり、同被告が原告に退職を強要したと認めることもできないから、同被告に対する損害賠償請求は理由がない。
2 被告丙山に対する損害賠償請求について
(一) 前記四認定のとおり、被告丙山は、原告に対して、臀部を蹴り上げるなどの暴行を加え、加療一週間を要する傷害を負わせたのであるから、これによって原告が被った損害について賠償すべき責任がある。
右暴行に至った動機は、右認定のとおり、原告が被告丙山の頭部にハンドバッグを当てたことにあるが、その後の暴行は一方的に加えられたものであり、証拠(甲一、一五)によれば、右暴行のあった日以降、同被告は、原告に対し、「ごめん、痛むけ。」と声をかけたにとどまり、ギフト券を渡すについても机の引き出しの中に黙って入れて、直接手渡すことはなく、原告から誓約文を求められて「暴力行為は心から反省し、おわび申しあげます。」と記入したことが認められ、同被告の方から積極的に謝罪の意思を表したとは認められないこと、右傷害の部位、程度その他本件に現れた諸般の事情からすれば、右暴行によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料として、三〇万円が相当である。
(二) 原告が被告丙山の不法行為として主張するその余の内容については、同被告による女性差別的発言は、前記三認定のとおり、同被告が「古い女は出ていってもらおか。」「(二、三年後まで原告らが)まだいるの。俺達不幸やな。」といった発言が認められるものの、原告に向けて日常的に女性差別的な発言を繰り返していたものではなく、女性一般に対して不快感を与える発言がなされていたとしても、それによって法的保護を必要とするほどの精神的苦痛を原告が受けたとは認められず、退職強要行為があったとは認められないことは前記六認定のとおりであるから、その余の主張は認められないというべきである。
3 被告連合滋賀に対する損害賠償請求について
(一) 被告連合滋賀自身の責任について
(1) 原告は、被告連合滋賀においては女性差別・蔑視的雇用管理が行われ、原告の人格的尊厳を侵害し、平等な働く権利を侵害されたと主張する。
しかし、原告が被告連合滋賀における不法行為と主張する内容のうち、被告丙山に一部女性を侮辱した発言があったことや、就業規則作成に当たって職員の意見聴取がなかったこと、原告らに対して時間外勤務手当が支払われなかったこと、健康診断が実施されない年があったことは認められるものの、それ以外の採用や給与の支払における不当な取扱いや、代休取得の勧奨における差別、退職強要行為が認められないことは前記認定のとおりである。
右事実に加え、前記六4認定のとおり、原告が被告連合滋賀を退職したことは、専門部局表をめぐるトラブルがきっかけになったとしても、原告自身の決断によるものと認められることからすれば、原告が、被告連合滋賀における勤務の過程で、働く権利を不当に侵害されたと認めることはできない。
また、原告がセクシャルハラスメントに当たると主張する事実についても、一般的に使用者において、被用者が労務に服する過程において生命及び健康を害しないように配慮すべき注意義務を負うとともに、職場内における性的性質を持った言動が、被用者の職務遂行を妨害する目的や効果をもって行われ、脅迫的あるいは不快な労働環境が創られている場合には、これを解消するよう配慮すべき義務を負担とすることがあるとしても、前記認定のような、女性職員がお茶汲みや清掃を事実上分担してきたこと、一部役員が女性職員や職場外の女性に対して女性を侮辱するような発言をすることがあったこと等の事実をもって、原告らの職務の執行を妨害する目的・効果をもっていたとは認められず、被告連合滋賀においてその解消を図るべき義務違反があったと認めることはできない。
(2) 原告の名誉毀損の主張については、前記七2認定のとおり、本件囲み記事は、原告の名誉を公然と毀損するものということができ、右記事の内容や掲載方法(囲み記事ではあるが、機関紙裏面の最下段に掲載されていたこと)、被告連合滋賀の機関紙として広く配布されたことを考慮すれば、慰藉料として二〇万円が相当である。
(二) 使用者責任について
被告連合滋賀の被用者である同丙山が、原告に対して、暴行を加えたことについて三〇万円の損害賠償義務が認められることは前記2のとおりである。
しかし、使用者が、被用者による不法行為について、民法七一五条に基づく損害賠償債務を負担するのは、右不法行為が被告の営む事業及びこれに密接に関連してなされたものであることを要するところ、前記四認定のとおり、被告丙山による暴行は、事務局の業務終了後、会長を囲んでの懇親会が開かれ、二軒の店で飲食した後、さらにスナックへ移動する途中に起こったものであり、原告と同被告との会話がきっかけとなって発生したというその経緯や時間帯からすれば、被告丙山の暴行は被告連合滋賀の事業に密接に関連するものと認めることはできないから、同被告が使用者責任を負うものではない。
また、被告乙川や同丙山が原告に対して女性差別的行為を行ったとする主張が認められないことは前記1、2のとおりであるから、この点をとらえた使用者責任の主張も認められない。
九 謝罪広告の主張について
原告の社会的地位や前記七認定の名誉毀損の態様、同八認定の被告らの負担する損害賠償の内容からすれば、原告が本件囲み記事によって被った損害について、金銭賠償をもって回復されるものと認められ、さらに謝罪広告を要するとの原告の主張は採用できない。
一〇 結論
以上によれば、原告の請求は、被告丙山に対して三〇万円、同連合滋賀に対して二〇万円と、それぞれにつき訴状送達の日の翌日である平成五年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官森木田邦裕 裁判官山下美和子)
別紙謝罪文<省略>